ここでは、ストレスの怖さについて、私の体験談をお話したいと思います。
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ストレスは、放っておくと様々な体の機能障害につながります。
日頃、私達が受けるストレスには様々な種類のものがあります。
心配事、悩み、仕事に追われる忙しさ、家事・育児に追われる忙しさ、
人間関係におけるトラブル、仕事上のトラブル、金銭面での不安・・・
数え上げたらきりがないほど、毎日いろいろなストレスを受けながら生活しています。
ストレスは、自分でそれと気付く場合もあるし、気付かないまま生活している人もいます。
また、人によっては、もともとストレスに強い人もいれば、弱い人もいます。
その時の自分の心の状態によっても、ストレスを受ける大きさが違ってきます。
ただ、自分が思っている以上に、ストレスによって、心や体は大きな悲鳴をあげている場合が多く、
それを放っておくことによって、体の各器官に大きなダメージを与えているのです。
胃腸に障害が出る場合もあれば、心臓に、また肝臓に、そして脳にもストレスからの影響が多々あります。
想像もつかないほどの恐ろしい病気になり、死に至ってしまったという話も少なくありません。
ストレス自体が病気と言っても過言ではないと思います。
私自身も過去にストレスが原因で、ひどく体調を崩したという事が何度となくあります。
・・・・・今から10年ほど前のことですが、その時ほど怖かったことはありません。
その当時私が勤めていた会社は、女性が殆どで社員の数も50人ぐらいだったでしょうか。
女性ばかりの職場は、変に派閥ができたり、話すことといえば人の悪口ばかり。
そんな雰囲気も、面白くないというひとつの原因だったのですが、営業の仕事が主だったので、
外回りが多く、ノルマもあり、営業成績が思うように伸びない月もありました。
また、お客様からの苦情も少なくなかったため、毎日がストレスとの戦いみたいなものでした。
それに加えて、プライベートでは、その頃お付き合いしていた男性とも
何だかしっくりいかず口論する日が続き、その結果暴力を振るわれた事も何度かありました。
そして、営業成績が悪かった月などは、手取りのお給料も当然少なく、生活もままならならず、
借金をしながらの生活が続いていました。ですから、昼間は営業職、夜は飲み屋でバイト・・・
働きづめで、寝不足の日々、当然心身ともにクタクタです。
そんな状態での生活が続いていたある日・・・。
その日は朝から頭痛が酷く、割れんばかりの痛さでしたが、頭痛ぐらいで会社を休むわけにもいかず、
いつものように出社しました。午前の仕事を終え、仲の良い同僚と昼食を一緒に済ませた後、
朝よりも頭痛が更に酷くなっていたので、とりあえず頭痛薬を飲みました。
夕方になっても頭痛は尚も治まらず、痛さは増すばかりでした。
せっかく飲んだ頭痛薬も、その日は役に立ちませんでした。
その日はそれ以上仕事を続ける事が困難だったので、夕方で切り上げて家に帰り、
すぐさまベッドで横になりました。顔がゆがむほどの頭痛が続き、吐き気も伴ってきたので、
これはマズイということで、病院へ行く決心をし、父親に連絡をとり、
病院まで連れて行ってもらおうと電話に手を伸ばしたとたん・・・
頭の後ろのほうで、「ブチッ」という変な音がして、その瞬間に目の前が真っ暗になり、後ろに倒れました。
何が起こったのか自分にもわからず、とにかく電話をしなきゃ・・・
そんな思いで床に手をつき起き上がろうとしたのですが、
思うように体が動かないということに、その時気付きました。
「右手の感覚がない・・・」
左手を床について、何とか体を支え、やっとの思いで起き上がり、電話に手を伸ばしました。
「やっぱり右手が動かない・・・」
ダイアルが押せませんでした。そしてその時から次々と気付いたのですが、
目もよく見えていない、右足も思うように動かない・・・右半身が全て動かなかったのです。
でも、意識だけはハッキリしていたので、急に怖くなって、左手でダイアルを押し、何とか父親に連絡をとりました。
でも・・・、電話がつながっても思うようにしゃべれないのです。
ろれつが回らないというか、うまく言葉にならないのです。
その状況に父親が、「これはただごとではないぞ!」ということで、直ぐに家まで迎えに来てくれました。
自分で歩く事ができなかったので、父親が私を抱え、車に乗って病院まで20分。
やっと病院へ着いて、受付を済ませてもらい順番待ち。
その間も酷い頭痛は治まらず、吐き気もあり、呼吸さえも困難な状態。
「私、このまま死んじゃうのかな・・・」そんな思いが頭の中を駆け巡りました。
そして、名前が呼べれ診察室に。
思うようにしゃべれない、右半身が動かない、酷い頭痛・・・
その症状からすぐさま脳のレントゲンをとることになりました。
そして、レントゲンをとった後、今度は点滴を打ちながら酸素吸入。
そして血圧はびっくりするほど低くなっていました。
点滴と酸素吸入のおかげで、呼吸がある程度整ってきた後、
寝たままの姿勢でレントゲンの結果を聞く事に。
「脳のほうには、何ら異常は見られません。」・・・とのこと。
正直、自分でも「血管が切れた」と思っていたので、医者からのその言葉に「ホッ」としたと同時に、
「じゃぁ、これは一体何なんだ・・・」
「何で私はこんなことになっちゃってるんだろう・・・」と、訳がわかりませんでした。
「最近何か悩み事はありませんか?」と、次々と違う先生が来ては何度も同じ質問をしていきました。
まぁ、悩みというよりも、その時の生活状況や仕事のことなど、質問には答えたかったのですが、
うまくしゃべれないので、とりあえずその日は検査と点滴と酸素吸入を終えて家に帰ることになりました。
家に帰る頃には、頭痛も治まり、その晩は何とか無事眠りにつくことができました。
そして次の日の朝。昨夜の事は夢でありますように・・・と願いつつ手や足を動かしてみましたが、
「やっぱり夢じゃなかった・・・」 右半身は動かないままです。
でも、前の日に比べたらちゃんと言葉にはなったので、少し安心しました。
その日は朝から病院へ行くことになっていたので、連れて行ってもらい、診察は「心療内科」。
レントゲンの結果でも何も見当たらなかったので、精神的なものなのだろうとの判断だったようです。
心療内科では、いろいろと質問をされ、いろいろと話しました。
結局、昨日の倒れた原因は、「ストレスによる過呼吸症候群」が原因だったということでした。
「過呼吸症候群??」当時の私には始めて聞く言葉だったので、よく理解ができませんでした。
過度のストレスが原因で、尚且つその頃は、寝不足も続き疲労も蓄積されていたため、
頭痛に始まり、それが吐き気を伴う激痛に変わり、それが原因で過呼吸を引起し、
そのため脳に十分な酸素が行き渡らなくなり、右半身につながる神経を圧迫。
・・・結果、右半身の麻痺ということにつながったようです。
「ストレスで半身麻痺???そんな馬鹿な・・・」と、本当に信じられませんでした。
でも他に原因らしい原因も無く、ましてや十分な検査も済んだ後です。信じるしかありません。
それから毎日病院へ通う事になりました。
「あまり深く考え込まず、気持ちを楽にして生活するよう心がけてください。」と指導されました。
1週間毎日通って、その後は、「呼吸が早くなってきたら飲むように」と、精神安定剤を出されました。
過呼吸症候群は、一度経験すると、その後何らかの原因でまた引起す可能性がある、ということだったので、
それからはあまり物事を深く考え込まず、気持ちを穏やかにして過ごすよう心がけました。
それ以来は、過呼吸になることはありませんでしたが、半身麻痺の方は、治るまでに3ヶ月かかりました。
その間、お箸も持てず、字を書く時も左手、右足も思うように動かせなかったので歩く時は松葉杖、
勿論車の運転もできません。治るまでの3ヶ月間は、本当に長く感じられました。
ストレスの怖さを身にしみて感じ、また自分自身と向き合う事の大切さも知りました。
当時は、「本当に治る時がくるんだろうか」という不安でいっぱいでしたが、そのお蔭で
たくさんの大切なものを発見する事ができたのも事実です。
それがあったから今の私があるのだと思えるし、今思えば良い経験をしたとも思えます。
人間って、思っているほど頑丈じゃぁないんだ、もっともっと心も体も労わってあげないといけないということに
気付き、それから呼吸法や瞑想などの本を読みあさり、勉強しました。
そして、前向きに考えていく事の大切さを、脳・心・意識の関係、潜在意識などについても学びました。
本を読んでいる中で、言葉によって励まされたり勇気付けられたり、また癒されたり慰められたりと、
言葉の力の強さや、考え方(思考)の大切さも、たくさん学びました。
このサイトを立ち上げるきっかけになったのは、半身麻痺の経験があるからともいえます。
それから今日に至るまで、あの恐ろしい過呼吸にはなっていませんが、今もなお、右手の親指と人差し指には
微かな痺れとして残っています。。。が、生活には何の支障もありません。
時折、過度の疲れや精神的圧迫を感じたりすると、右目の上の辺りに黒いモヤモヤしたものが出てくるので、
そうなった時には、まずは呼吸を整えるために深呼吸をして、
ゆっくりゆっくり静かに呼吸をしながら、精神を落ち着かせ、心を鎮めるようにしています。
過度のストレスからくる半身麻痺、それ以外にもストレスは様々な体の機能障害につながるので、
ストレスを甘く見ず、うまく付き合っていくように心がけたいものです。
・・・ストレスは怖いもの・・・